研究内容の解説

超新星背景ニュートリノ
宇宙が始まって以来、1018もの星が超新星爆発を起こしており、そこで宇宙空間に放出された大量のニュートリノは背景放射として現在の宇宙を満たしている。これを超新星背景ニュートリノ(Deffuse Supernova Neutrino Background, 以下 DSNB) と呼ぶ。こうした過去の超新星爆発をニュートリノで観測することは、様々な天体物理学の謎を解き明かす。例えば現在観測されている超新星爆発の頻度は、光学観測によると宇宙のどの時代においても予測値に比べて半分くらいしかない。その原因としては、暗い超新星があるのか、あるいは光を遮るものがあるため見えないのか、はたまたブラックホールを形成して光が発生しないのか、といった可能性が考えられるが、はっきりとは分かっていない。しかしニュートリノは物質とほとんど反応せずに飛んでくるため、このような光学観測の問題なしに直接、超新星爆発頻度を議論することができる。このように DSNB 観測は宇宙物理学にとって重要なテーマであるが、その強度は極めて弱く、世界最高感度を持つスーパーカミオカンデ (SK) でも予測観測値は年間数事象程度であり、現時点では発見に至っていない。しかし SK では世界最高のフラックス上限値を与えており、それは理論モデルからの予測値にも1桁以内に迫っていることから、今後の発見が大いに期待される状況にある。私たちは、数年以内にDSNBの発見を目指す。

ニュートリノにおけるCP対称性の破れ
我々の宇宙には物質のみが存在し,反物質が見当たらないという物質と反物質の非対称の謎を解く鍵は,ニュートリノにおける粒子反粒子対称性(CP対称性)の破れにあると考えられている。これまでT2K実験などで得られた結果は,ニュートリノのCP対称性が大きく破れていることを示唆しており,近い将来にCP対称性の破れが発見される可能性が高い。今後T2K実験の高度化でCP対称性の破れを発見し,それに続くハイパーカミオカンデで破れの大きさを精密に測定することを目指す。

超新星爆発におけるマルチメッセンジャー天文学
天体現象によって発生する電磁波、宇宙線やニュートリノなどの粒子および重力波を情報を運ぶ運び手(メッセンジャー)と見立てて、複数のメッセンジャーを用いて天体現象を総合的に解明する天文学のことをマルチメッセンジャー天文学とよぶ。(ここを参照)特に有名な事例は、2017年に観測された中性子星合体による重力波信号に伴う様々な電磁波観測がある。しかし近傍超新星爆発でもまさにこのマルチメッセンジャー天文学が可能である。我々は来たる近傍超新星爆発に備えて、入念な準備を進めるとともに、理論研究者と共同して、最大の物理成果を引き出せる解析手法を確立する。

NA61/SHINE実験
CERN (欧州原子核研究機構) の North Area に位置する固定標的を用いた多目的実験である。2007年から 2010 年にわたり、T2K 実験のニュートリノビームフラックス予測のためにハドロン生成測定が行われた。ここではT2K実験と同じ運動量31GeV/cの陽子ビームを、T2K実験と同じ炭素標的に照射し、衝突によって生成される粒子の位置と運動量を、複数の大型Time Projection Chamber で測定する。2022年には、T2K実験フラックス予測のさらなる不定性削減を目指して、K粒子生成の測定を行った。ここでは、当研究室の岡田による提案に基づき実験が実施された。(修士論文)現在、鋭意データ解析中である。さらに近い将来には大気ニュートリノフラックスの精密測定のための実験データ取得を計画している。ここでは低運動量の陽子ビームを用いるが、ビーム精度の向上を目指して新たな検出器の開発(シリコンストリップ検出器など)も進めている。

理研RIBFでの原子核実験
DSNB探索における主要な背景事象の一つに、大気ニュートリノによる水中の酸素原子核との中性カレント準弾性散乱がある。この反応により、核子、特に中性子を弾き飛ばし、励起し、脱励起ガンマ線を発生する場合、DSNB信号と全く区別がつかない。このニュートリノや中性子と酸素原子核との反応を精密に理解するため、RIBFでの酸素ビームを陽子(水素)に照射し、発生する原子核を詳細に測定する実験を計画している。このような測定はこれまでにほとんど例がなく、実験データ取得により背景事象の理解のみならず、理論研究者とも協力して、原子核物理学に新たな知見を得ることも目的とする。

WCTE実験
DSNB探索におけるもう一つ重要な背景事象として、検出器に到来する宇宙線ミューオンによる酸素原子核破砕起源の事象がある。地下 1000m にある SKでは、宇宙線ミューオンは地上の 10 万分の 1 に削減できるが、それでも毎秒2個程度到来しており、それが水中の酸素原子核を破壊し、様々な放射性同位体を生成することが知られている。中でもリチウムの放射性同位体 9Li は、電子と中性子を放出しDSNB信号と全く区別することができない上に、比較的長い寿命をもち、生成量も多いため最終的な背景事象として残ってしまう。この 9Li による背景事象の理解のための研究はこれまでも様々に行われてきたが、最大の問題は、信頼できる原子核反応モデルが存在しないため、シミュレーションによる正確な予測を行うことができないことである。そこで、CERNのEast Area で行われる陽子、電子、ミューオン、パイオンなどの荷電粒子を用いたテストビーム実験・WCTEで実際に測定し、精密なシミュレーションを構築する。

検出器シミュレーション・較正実験
これまで我々のグループでは、水チェレンコフ検出器の較正や、そのデータを用いたシミュレーションコードの開発を行ってきた。小汐は、初期のGEANT3をベースとしたシミュレーションプログラムを全くゼロから開発し、長年SKで使われている。さらに萩原・原田が中心となってGeant4ベースのシミュレーションプログラムをこれまたゼロから開発し、現在の解析で使われている。また検出器較正の論文を中心となって執筆し、現在もSK実験グループで重要な資料となっている。そのため当研究室は、水チェレンコフ検出器の専門家集団とも言える。